小池真理子

 春恵が問うようにして見つめると、志摩子は「あのう」と言って、おずおずと可憐な視線を彼女に投げた。「前から言おう言おうと思ってて、ついうっかり、忘れていたことがあるんですが」 「お皿でも割ったの?」春恵は微笑んだ。「他の人ならいざ知らず、あなたが食器を割ったとしたら珍しいことね。雪が降るかもしれないわよ」  違います、と志摩子は言い、おっとりと微笑み返した。「お玄関に飾ってある、あの白黒写真のことなんです」  心臓のあたりに軽い緊張が走った。動揺を隠すのに苦労した。